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この星は呼吸する


陽は一人一人に囁く


ほらすぐ側の葉について世界を逆さに見せている

空間
既に持っている自由を表して


チャンスとなって止めど無く来てくれる

”今”を感じる

自分なりに

終着点を”幸せ”に結びつけて掴めたら

明日の全てが新しくなる


きっと

水曜日

1930年頃の日本の女性

1930年頃に大人の女性として生きていた方のお話

当時、30代くらいだった彼女は、身を飾ることは罪悪という教育を受けて育ったといいます。その頃、化粧品といえばクラブ美身クリーム みその白子粉 レートメリー 資生堂など 華やかな宣伝をしていたそうです。しかし、化粧品を買うということ自体まだうしろめたいという意識が植わっていたそうです。

洗顔
洗顔はどうしていたのかというと、木綿の布を二重にして袋に縫ってぬかを入れたものをもみ出して洗っていたそうです。
肌が荒れた時は、麻の袋に代えて洗い、かんなをかけるようにすると荒れが治るといわれていたそうです。

ぬか袋は、白い乳液が出なくなると効果がなくなるそうで、朝、袋だけ新しくし、その晩に入浴剤として使っていたそうです。使った後は袋を裏返してぬかを出し、よく洗って干して乾かし、繰り返し使っていたといいます。

袋は新しいさらし木綿で作り、二枚か三枚を用意し。

入用剤として使った後の最後のぬかは、鶏の餌箱に入れたり、庭の植木の根元に埋めて肥料として使ったそうです。

ぬかから出るぬか油の乳液での洗顔は、化粧水や乳液、クリームを使わなくても、特に肌トラブルは起きないどころか、当時はクリームをつけてマッサージをすると、かえってしわやしみのもとになるとも言われていたそうです。

外出時には、レートメリーという白粉入りクリームをつけ、かるく頬紅を刷毛ではたくだけ、口紅は、いやしいものとされていたと言います。